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 < 青いぼうし >
2012年05月23日(水)

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 小学4年の国語の教科書によく登場する文学教材に「白いぼうし」(あまんきみこ)がある。その「白いぼうし」が、ある日の朝のふとした出来事と重なった。  

 この日、登校途中に「青いぼうし」が落ちていたらしい。それに気づいた2人の児童が手にとって学校まで届けてくれた。さっそく名前とクラスを照合した。そして、2人の手によって「青いぼうし」は、無事持ち主のいる1年生教室の机上に届けられた。その時の様子が1枚目の写真である。

 その直後、2人は1年生教室から出てきた。表情には満面の笑みが浮かんでいた。その時の表情が2枚目の写真である。

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 この「青いぼうしと二人の笑顔」が、文学教材「白いぼうし」に登場するタクシー運転手松井さんの姿と強烈に結びついてしまった。では、なぜ結びついてしまったのだろうか。

 1 松井さんの思いやりに満ちた「やさしさ」と重なったから。

 まず、このことが頭に浮かんだ。つまり、歩道の白いぼうしを拾い上げた「やさしさ」と、その際、中にいた蝶を逃がしてしまった代わりに夏みかんを入れたという「やさしさ」だ。この2人も、落とし物を見過ごさずに拾い上げたという点が、それに似ていたのかもしれない。

 2 松井さんの「茶目っ気」と重なったから。

 次に思い浮かんだのはこれだった。つまり、白いぼうしの中にいるはずの蝶がなぜか夏みかんに代わっているという驚き(喜び?)を、その持ち主である男の子に味わわせることにわくわくしていたという松井さんの「茶目っ気」だ。この2人も、青いぼうしを届けた時の、持ち主の驚き〈喜び)を想像してついつい笑顔になっていたのかもしれないという点が、やはり重なるような気もする。

 3 「白いぼうし」のファンタジー性と重なったから。

 最後に辿り着いたのはここだった。松井さんは、いろんな思いや茶目っ気で行動した。にもかかわらず、男の子の驚く(喜ぶ)顔も見ることなく、突然現れた女の子(蝶?)を助けてタクシーに乗せた。そして、菜の花横町まで運んだ。だが物語は、肝心の女の子〈蝶)が何かお礼をしたり、恩返しをしたりするわけではないという、ファンタジックというか、むしろ期待はずれというか、そんな結末を迎えるのだ。そこに、もはや松井さんの姿はない。あるのはただ、「よかったね。」「よかったよ。」というシャボン玉のはじけるような、小さな声だけである。そこが、逆に、この物語のファンタジー性を大きくしているのだが。この2人も、きっと何かのお礼や恩返しを期待していたわけではないだろうし、青い帽子を届けてもらった1年生の子も、その時はただ純粋に「よかった。」と安心したのだろうと思う。そういうことを想像しているうちに、ふと「白いぼうし」の作品の世界と、この「青いぼうし」にまつわる出来事とが強烈に結びついてしまったのかもしれない。

 追記 その後、拾ってもらった1年生の子が、あらためてこの2人にお礼を言いに行ったかどうか、その事実は不明である。まあ、そんな事実までつきつめて考えない方がファンタジックでいい。学校での出来事の解釈には、そういうところがあっていいと思う。